学校法人安城学園
『教育にイノベーションを』−安城学園100年の歴史と展望−
第2章 刻苦の学園づくり - 苦難の女専設立 #6 (第91話)
公開日 2012/08/23
学業終えて一時勤めた石部実業補習女学校の教職員(前列右から2人目が寺部だい) 程なく主(あるじ)が帰ってきた。家人となにか話し合っているようだったが、しばらくしてだいが待つ応接室に入ってきた。挨拶もそこそこに、だいの正面に対座した。すると、やおらテーブル上に一枚の紙片を差し置いた。見ると、小切手。そこに書かれた金額は5万円と読めた。
 主が口を切った。

「これは、財団法人安城女子専門学校に寄付する。さっそく願書に添えて当局に提出するように…」
「えっ!…」

 いきなりの想像もしない言葉だった。だいは、言葉に詰まった。
 夫人から大方の事情を聞いて事を察したと見える。だいが何の釈明をする必要もなかった。
 だいは、膝に置いていた手をぐっと拳(こぶし)に強く握り締めた。顔が紅潮するのが分かった。
 だいは男爵を凝視した。

―ありがたいことに、男爵は私の人柄を認めておられるのであろう。しかし、いかに人柄・実力を認めたとはいえ、5万円もの大金を事をなげに提供されるとは…。

 あらためて男爵の人としての大きさを感じた。

* * * * *

 感動を胸いっぱいに安城に立ち帰っただいは、このことをさっそく山崎に報告した。
 先に「基本金不足による書類却下の恐れあり」という情勢を報告に行ったとき、

「そんな馬鹿な!」

 報告を聞いた山崎のひげが興奮に小刻みに震えるのを、だいは見た。その震えから山崎の義憤を感じ取ったのだったが、この武部の寄付の報告には、山崎は目を丸くした。だいにはそう見えた。

「さすが東京には偉い人がいるものだなあ。しかるに同じ東京におりながら、文部省は一体何をしているのか。情けない。早く目を覚まして頭の切り換えをすべきだ。そして一刻も早く安城女子専門学校を認めるべきだ。よし、さっそく文部省に掛け合おう」

 声を高めたことが山崎の受けた感動の大きさを表していた。
(つづく)
※ 文中敬称略
 
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