学校法人安城学園
『教育にイノベーションを』−安城学園100年の歴史と展望−
第3章 拡張の道は広く - 後継者の覚悟 #1 (第117話)
公開日 2012/09/25
寺部清毅理事長「うーん、これはどうしたものか」

 まとめられた経理書類を見て、清毅は愕然(がくぜん)とした。

「正直、財政は火の車だ…」

 母に続いて妹も急逝するという学園での事態の急変に、安城を離れていた清毅は、急遽仕事を整理して安城に帰り、学園の運営に携わることになった。9月から法人本部本部長として経営に当たることになり、これまでの経理実態について調べたが、その意外な実情に唖然(あぜん)としたのだった。

―母は、ひたすら地域の要請を容れて、学園の財政も顧みず、借財をしながら学園を大きくしてきた。地域の教育には、それはそれで認められることであろう。しかし、その進展があまりにも急で、財政的に考えると背伸びし過ぎた…。

 母からは生前再三にわたって学園に戻ってくるようにとの連絡を受けていたが、カムバックが遅すぎたことを痛感した。
 財政不如意の原因は色々あった。
 学園の収入を主として支えてきていた安城学園女子短期大学附属高等学校は、昭和39(1964)年度頃からベビーブームの波が去って生徒数が激減してきていたし、愛知女子大学、短期大学部幼児教育科、岡崎城西高等学校は新設まもないため、定員をどれだけ充たせるかが課題だった。安城学園女子短期大学と附属幼稚園は定員を充たしてはいたが、いずれも定員数が少ないため収入的にはあまり期待できない。財政的にはいわば下降線を辿っている。一方、ここ数年、連続して進められた事業の代金決済を山積みしており、学園財政はひっ迫の度を強めていたのだった。
 創立者としてだいは大学設置の夢を果たした。そして、後継者にその発展を付託した。しかし、夢の代償は後継者に重くのしかかった。
 清毅は、目の前に迫る現実に、まず収支改善のメスを入れた。
 負債返済には、債権業者をそれぞれ訪問し、返済計画を示して支払い延期を頼んで回った。一方、収入源の拡大を図るために生徒募集に全力を傾けた。
(つづく)
※ 文中敬称略
 
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